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見ると為になるサイトです

今日、シンガポールの研究機関から送ってもらったガイガーカウンターで計った私の部屋の16:30分現在の値です。安全センターの値より1.5倍ほど高いですね。家の外の値は、0.6マイクロシーベルト/時間まで上がっていました!この値は、24時間と365日を掛けると5110マイクロシーベルト=5.5ミリシーベルトまで上がっています。

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また、道路の上は、1.9マイクロシーベルト/時間これは大きな値です。年間で16.64ミリシーボルトにもなりますから。今までの積もってきた値なのでしょうか?室内の十倍です。
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東京の実態ですね。


1.高度情報科学技術研究機構/RIST

2.水道水の放射能汚染 正しい理解と対処の方法を学ぼう!

3.大前健一氏の福島第一原発 現状と今後とるべき対応策 3/27

4.大前健一氏の地震発生から1週間 福島原発事故の現状と今後 3/19

5.アメリカ大使ルース氏の在日アメリカ市民へのお知らせ

6.ルース大使のtwitter

7.気象協会の地震情報

8.東京と安全研究センターの都内の環境放射線測定結果

9.日野市のガイガーカウンター

10.福島原発の放射能を理解するセミナー

11.3/18「福島原発事故の現状について」@原子力情報資料室
by maxlabo | 2011-03-29 17:20 | 原発人災事故

気配り

寝ても覚めても、原子力事故のことが頭を離れません。どんどん重大な方向に行くばかりだし、何よりも東電にやらせている以上解決がつくわけはないのです。彼らが原子炉を作ったわけではないからです。40年以上前のクラシックカーを騙し騙し使ってきた付けが出たわけです。もっとも製造メーカーも40年前の技術者はもういないし、日本の代理店の日立も自分で設計したわけではないので困っていることでしょう。小型発電機と電気が無くとも自然落下でプールを充たす水が入る簡単な仕組みを作っておけばよかったのです。

東電が製造メーカーや下請け会社を業者呼ばわりする体質に全てが顕れています。姿を見せない社長、現場に行かない社員。現場で決死の思いで働いているメーカーや下請けの作業員の劣悪な環境をそのままにするのは犯罪行為です。なぜ、現場にまともな食料すら運べないのですか!なぜ、雑魚寝なんですか?前線補給基地には数百人が待機しているはずです。誰もべーズキャンプからは食料も運べないのですか?戦車もあるのでしょう。10センチの鉛の防護壁で包まれた特殊車両で水や食料を運んでください。

知恵を出すには余裕が必要です。現場にはその余裕がありません。後方支援には、指揮者がいないのです。この時点で必要なことは、いかに高度に放射能汚染された水を排出してどどこかに溜めるか、どのように放射能を遮蔽する構造物を作るか、プレハブ状の放射能シェルターを現場近くに前線キャンプとして配置するか、様々な分野の専門家が一生懸命知恵を出し合わなければならないはずです。残念ながら今の政府には、そういう専門家の知識を結集して事に当たる度量と決断がありません。言葉だけで責任とるといっているだけです。日本の、世界の危機です。各分野の専門家の意見を吸い上げるべきですし、予算と人を惜しまず使ってください。いまは戦時なんです。その非常事態宣言をまず政府は発するべきです。

地震と津波関連では私が一番腹が立っているのは、折角、善意で提供された様々な資材が、どこにも配達されず倉庫に眠っていたという事態です。その、理由が、自治体から要請がないから!こんな理不尽な話がありますか?規則に縛られて何の為に公務員がいるのか根本的な義務も忘れています。被災して役所も市長も流された街に必要な物資を送らず、遅れずでは有りません!真っ暗で寒い日々を何日も過ごさせているのは、それこそ規則違反です。その愚かな規則に縛られた行為のおかげで、折角助かったのに何人の方が亡くなったのでしょうか?

外国からの援助を断る。救助隊を見当違いのところへ送る。受け取った救援物資を運ばない。10万人もの自衛隊を派遣する為の後方支援に機材が使われて肝心な現場に救援物資を運べない!自衛隊のヘリコプターは、数百機です。それに比べて民間のヘリコプターは千機以上有ります。アメリカについで多いのです。それらの機材を徴用して救援に飛べなかったのでしょうか?ここにも規制の網が張ってあったのです。規則を破っても命がけで食料を届けた民間のへりもあったそうですが、、、。

避難所に行けず、孤立している集落や個人も沢山あるはずです。また避難所では、着の身着のままで逃げてきた人に援助するのは当然ですが、電気も水道も何も無いけど自宅に避難できている人たちも沢山いると思います。そういう人たちにも食料と水、灯油類は公平に配る必要もあります。

ロジスティックの専門家の協力を得て、ダイナミックな救援活動を展開していただきたく心から願っています。
by maxlabo | 2011-03-28 23:05 | 原発人災事故

この二週間は

地震と大津波が起きてから、日本は確実に震災後という新しい時代に入ったと思います。この場合の思いは重いと書いた方が正しいように気が重くなります。この二週間は津波の余りにも大きな被害・遭われた方々の最後の瞬間の恐怖、絶望感を思うと慄然とします。高台に逃れて助かった方々の脳裏から、あの恐ろしい瞬間の生と死を分ける真っ黒な水の色と、天地が割れるような低く大きな音。家々の押しつぶされる音、車がおもちゃのように軽々と浮かび上がり流れていく様。港から押し流されてきた漁船や大型の貨物船。そして何よりも街全体が壊滅して、いまだに被害者の数さえ解らない現実。その数が1万人以上も増える可能性があるという不確定さ。

役場が流されたとしても、そのために住民基本台帳をネット化したのではないのですか?そこから、生存者を点呼していけば、おのずから数字が出るのではないでしょうか?町単位で全員の名前を呼び上げて生存者を点呼すればいいのです。知り合いでも生存されているのを知っている人はリストから消していけば、残った方々が文字通りの行方不明者です。そしてその数は、阪神淡路を大きく超えて数万人のオーダーになるやも知れません。まだ氷点下に下がる避難所で、充分な暖も食べ物も水もガソリンもない状態で二週間も堪え忍んできた被害者の皆さんの事を考えると堪らなくなります。

しかし、それよりも大きな問題は、原子力発電所の地震と津波による破壊と「想定外」と言い訳をする予防保全の考え方の甘さにあります。地震の専門家が対策をと進言しても、コストが掛かるからと無視をしてきた関係者だけの原子力土木委員会津波評価部会のメンバー構成。これにはあきれ果てました。まるで中世の暗黒裁判みたいなお手盛り審議会です。

東電の営利体質が今回の不幸な事故を招いたのは紛れもない事実です。その被害の大きさ、及ぼす影響の大きさと責任に、まだ東電自身もそれを監督する立場の役所も本当に気がついてはいないように感じます。気がついていて責任を感じているのなら、全く違う発言や行動があっても良いはずだからです。責任など感じず、そのポストにいる内に料亭や高級レストランで贅沢しほうだいしている政治家と同じなのでしょうか?

日曜の朝、見事に晴れ渡った美しい空を見ながら、この空気の中にばらまかれている放射能の事、わずか200キロ余りの地獄の事を考えていました。東京の放射能のレベルは、発生した水素の爆発で屋根が吹き飛んだ15日よりレベルが倍になり、21日から3倍、22日からは4~5倍の値に変わってきました。茨城県はそのまた二倍ほどの値を示しています。この状況は、おそらく半年、一年と続いていくでしょう。今のレベルより悪化する確率の方が高いと思われます。避難勧告の出た半径20キロの範囲は、レベル6まで上がってしまった以上、もう戻れないでしょう。一事故が原子力発電の場合どれほどの深刻な影響を及ぼすか、ようやく政府も国民も電力会社も製造メーカーも初めて自分のこととして解ったのです。

このまま落ち着いたとして、真水の注水を3~5年間は続けないと冷えないそうです。速やかに屋根を作らないといつまでも放射能をまき散らしているだけです。ドームで覆い、プールで囲い、新しいクレーンを設備し、燃料棒を外して安全なタンクに入れ直し、中間置き場に10~30年冷やさなければなりません。それができず、簡易的に使用済み燃料棒仮置き場を作ってきたのが今の状況です。それを計画して成し遂げなければなりません。いまのアマチュアばかりの政府に本当にできるのか甚だ疑問です。

外資系の企業は東京から大阪に移ったり、博多に全員が移ったりしています。工場も何も無いコンピューターで家で仕事ができる職種はそれもできるでしょうし、東京で借りているより遙かに経済的だから、しばらくは戻ってこないでしょう。でもあちらもプルサーマルのある玄海原発からわずか50キロですが、、、簡単に逃げ出せる企業や人は良いのですが、ほとんどの場合は会社の存続に関わるような問題になります。まして福島の20キロ圏内のように戻れないとなったらどれほどの困難を政府と電力会社のエゴによって損なわれるのでしょう。アメリカなら住民訴訟がすぐ起こるでしょう。当然日本でも、、。

しかし、長期化が避けられなくなった以上前向きに、積極的に行動を起こさなければなりません。風光明媚で美しい福島の浜通りが今後何年も人も通れなくなり、何十年も住めない土地になってしまったのです。この責任の重さを東電、推進してきたエネルギー省、通産省の役人は自覚したのでしょうか。阪神淡路の大震災の時のように、関西圏の街は賑やかで普段と変わらない風景だそうです。しかし、東京の街の人での少なさは怖いぐらいですね。飲食店や観光地のこれからを考えると、暗澹とした気持ちにならざるを得ません。今日の青空は、心なしか、モーツアルトの悲しみの色をしていました。青よりも蒼い色をしていました。
by maxlabo | 2011-03-27 21:56 | 原発人災事故

つらい日々

大地震・大津波・死者行方不明者が数万人規模・原発崩壊・大量の避難民・首都圏停電・電車の運休・東北の壊滅的被害に依る部品の供給不能・まったく指導力のない首相・能力のない閣僚・この国難の非常時に協力しない野党・相変わらずの保身最優先の官僚・子役人・大企業の首切り・下請けへの差別・被災も影響もないのに都市圏での買い占め・ペットボトルとトイレットペーパー騒ぎ・毎日顔色が悪くなるNHKの解説者・原発御用学者の大罪・喉元過ぎればすぐに始まる低脳番組・現地での取材もしないマスコミ・いまだ全容もつかめていない被害の大きさ・海外からの日本への不信・日本神話の崩壊・海外観光客の激減・長期的な節電対策・サマータイムではなく一年中一時間早くするべき時差・何度も述べた周波数と電圧の貿易障壁・・・・・・

10万人体制で捜索・救助活動をされている自衛隊・消防・警察・各自治体の職員・ボランティアの勇士達の努力に感謝しています。東北自動車道の驚異的な復旧と一般自動車の通行が始まったので、この週末は沢山のボランティアが助けに行くことでしょう。復興需要が始まる前に大不況が来ます。今回は被害がなかった西日本側の支援と協力が欠かせません。それに東南海大地震はすぐそこまで迫っていると見るのが妥当でしょう。その対策を今こそしなければなりません。想定外という言葉は禁句です。

目の前で起こっても認めようとしないのが、人間の自衛本能ですが、目の前を大津波が襲ってきても行動に移せないのも人間の習性です。一番大事な想像力が、現在の政権には全くないように思えます。大臣の器でない人がなっているのも、それ以前の政権の結果です。

挙党一致した救国内閣を作り、民間から優秀な人材を登用して事に当たらなければ、日本の明日はないとさえいえましょう。戦時下の体制です。その提案が野党側から無いのが不思議です。地方選挙をしているばあいではないのです。近い将来やらなければならないのは国政選挙です。在日米軍の協力・大臣は一度も行かないけれどアメリカのルース大使は現地で子供達を抱きしめ涙を流してくださいました。どんどん、東京から逃げているヨーロッパの大使とは格段の差があります。その在日米軍も原発から半径50キロ以内は活動禁止地帯になっています。

今日をどう安全に活きていくかを問われています。若い世代の人はお子さんや将来性を考えると、やはり60Hz管内(西日本側)に行かれることを奨めます。日本海を台湾坊主が進んでくる日までに移らないと大変な被害が、東北関東地方を襲うことになります。台風の大雨が放射能を少しでも流してくれることを祈るしかないのです。そして、海の汚染が拡がり、魚が食べられなくなります。世界的に魚の価格が高騰して、日本たたきが始まるでしょう。正しい情報は芯をしていないからです。日本国民はだませても、海外からの日本不信は高まります。この責任は、原子力事業を安全・安心と行ってきた政府・通産省 原子力安全・保安院(いかがわしさは審議官のカツラに象徴されています)が追わなければなりません。東電という私企業のとれる責任範囲ではないからです。もちろん、東電の犯した罪は厳格に裁かれなければなりません。

しかし個人的には、これらが一丸となって押し寄せてくるから辛いのではなく、辛いのは今がピークの花粉症です。特に昨日今日は、最悪です。いつもなら桜の咲く日を指折り舞っている季節ですが、心の平安が訪れなくては、お花見どころではない状況ですね。
by maxlabo | 2011-03-26 13:43 | 原発人災事故

非計画停電より計画節電を

福島原子力発電所の崩壊により、23区を除く関東地方は秩序無い停電に晒されています。電車が突如として止まり、工場が操業ができなくなり、商店も家庭も多大な迷惑を受けているのです。電気は貯めておくことができません。需要が高まればどんどん供給しなければ全部が停電になります。それを避けるための緊急的な手段であることは充分解りますが、問題はその手法です。パニック的な停電が突如として始まりました。23区だけを例外として他を順番に、それも3時間も止めるというのは乱暴な手法です。非常時だからといわれますが、その非常時にしたのは誰だという責任を明確にしないと始まりません。その上で、東日本全体で痛みを分かち合わなければならないのです。

AC機構の訳の分からないCMの代わりに、東京電力はその時間枠を買い切って説明をすればよかったのです。それには、まず自らの反省から始めなくてはいけません。電力会社の利権を守るためなら他の八つの電力会社も当然協力をするはずです。その枠を使って情報開示をしなければ、東日本側の国民は納得しません。

この何年間、東電は電化生活をアピールしてガスを電気に切り替えるための運動を行ってきました。そのためにコストの安い原子力発電を使用して安売りをしてきたのです。40年も使っている今回の福島第一の一号機のような老朽化した機械を酷使してきました。その理由には、柏崎の地震の影響もありました。あの時もほとんど人災でした。幸運にも地元の消防団が鎮火したから助かったのです。その教訓がまるで活かされていません。

原子炉は常に冷却していなければなりません。魔力を封じているランプみたいなモノです。その冷却水が冷やさなくなるということをどんな状況でも決して起こらないようにしなければ、パンドラの箱を開けているのと同じなのです。海水は速やかに真水にしないと、燃料棒の周りで複雑な化学変化が起きるし、第一塩の結晶が冷却を妨げます。また一種の電気分解も起きてまた水素を発生させます。

原子炉の中は数十気圧の圧力ですから、冷却水も二百数十度の水です。容器が壊れてしまえば、一気圧になりますから百度で水分は沸騰して蒸気を大量に(1700倍も)発生させます。その分、また水を投入しないとならなくなります。容器の破壊はどうしても避けたにのです。そのためには内部の水を熱交換機で冷やす必要があります。そのために電源が必要だし、ポンプを稼働させなければなりません。

しかし、そのポンプは津波に洗われ、水素爆発で破壊され、放射能まみれになっているでしょう。その部品をその環境下で交換すると言うことは、トーチカから雨あられと降ってくる弾丸の雨をくぐりながら接近する、Dデイや203高地のような凄惨な事態になります。でもそうしなければ、未来永劫汚染された土地となるからです。東京から220キロの四つの石棺など想像もしたくありません。

これではまるで、ハリーベラフォンテとオデッタが歌った、バケツの穴の歌のようです。いつまで行っても堂々巡りです。3号機がつかの間解決したら、4号機が、2号機が、そして1号機がと、とどまることがありません。安全と言われている5号機や6号機も心配です。そして何も報道されていない、福島第二も女川も本当はどうなっているのでしょう。津波にやられて大丈夫なのでしょうか?

情報操作と情報隠蔽が行われています。発表する人は東京消防庁の決死隊以外は現場にも行っていません。東電も文化院も官房長官も人づてに聞いたことを棒読みしているだけですから。中でも許せないのは、東電と癒着して今まで甘いつゆを吸ってきた通産省の役人です。現場を管理しなければならない立場なのに、発生したらすぐに逃げ出し、福島県庁からあたかも現場のように報告していたのですから。ようやく帰ったと思ったら7人の筈が二人だけだそうです。東電の幹部も事故があっても、絶対大丈夫だと言い切り、記者会見も行わなかったのです。一事が万事ですね。これらの無責任きわまりない連中の上に、へりで視察など、津波の現場を掘っといて半日も時間を浪費した首相がいます。村山時代よりまだ悪いです。一国の器でない人間を首相に持っている日本の悲劇です。

そうそう、激高しているのではなく、どうしたら計画停電を避けられるかの提案です。そもそも、本当にいま、電気は足りないのでしょうか?元々、東電の原子力発電は、全体の三割ぐらいです。発電の三分の二は水力や火力でまかなっています。ピーク時のじかんだけずらせば、全ての原子力発電を止めても間に合うのではないでしょうか?計画停電は原子力発電が無いと困るぞと言うことをアピールしたいだけではと疑っています。

まず考えなければならないのはいかにして節電をするかと言うことです。電気の使用量は、工場と家庭と事務所や商業施設が各々三分の一をになっています。工場の需要は一日中コンスタントにありますが、店舗事務所は昼間に、家庭用は夜間に需要が高まります。そのためにピークはどうしても夜間家庭が明かりを使い始める5時過ぎに来ます。そのピークを回避するために、手っ取り早い部分停電の暴挙にでたわけです。そうではなく工場の生産を二時間ほど早めていただき、夕方からは使用量を半分以下に減らします。

家庭用は昨年の実績に対して去年の7割の割り当てをする。その枠をオーバーしたら、全体の電気料金が倍になる。その仕組みで、商業施設はその割合を5割まで下げるのです。電気代が三割高かったら、三割需要は減るのです。それを恐れた結果が、今回の人災になっているのです。日本の店舗の照明は明るすぎます。パチンコ屋やコンビニのように、集蛾灯のようにまぶしいぐらいのあかりを使っているのは、日本と韓国ぐらいなモノです。成田や関空のターミナルが暗いのに気がついていますか?あれは国際的な常識に合わせています。

ほんとうはある程度くらい方が落ち着くのです。外国人は日本は明るすぎるてコンビニには長くはいられません。要するに日本の商店は明るすぎるのです。条例で半分以下にすると期限立法をすればいいのです。自動販売機は半分にして、二台以上有ればどちらかを止める。駐車違反の車を取り締まっている岡っ引きに同時にチェックすれば良いのです。違反していれば営業を止めるとすれば必ず守ります。

東日本だけではなく、西日本も全て節電をすれば、原子力に頼る必要がなくなります。現在では天然ガスを使用したガスタービン発電機が、効率よく運用ができ、需要が高まったときだけ動かせばいいのです。太陽光は経済性や効率が悪く懐疑的ですが、風力発電も陸地から離れれば低周波騒音もなく環境に優しいです。その他にも、地熱発電や潮力発電もあるのです。今回の事故を何とか乗り切れれば、世界に冠たる環境に優しいエネルギー大国になり技術的にも優位に立てるのですが。敗戦の時と同じで、前世紀的な発想を止めて、若いアイデアを集約すれば、この未曾有の大惨事と人災が新たな日本の神話を作れると確信しています。それには、現在の失敗の責任を明確にして人心を一新していただきたいと、新しいリーダーの行動力に期待したいです。
by maxlabo | 2011-03-25 00:01 | 原発人災事故

3/18京大原子炉ゼミ「もうやめよう、原子力ほんとうに」










































私も無神論者ですが、神に祈るような気持ちです。
by maxlabo | 2011-03-24 15:46 | 原発人災事故

キューバ危機と同じような

地震と原発の問題は発生以来常にアタマの中にあります。どこか重苦しい、緊張した気持ちが常につきまとい、連休なのになかなかオーディオに集中できません。夕方までぐずぐずしながらニュースを見ている時間が続きました。きょうは東京消防庁の決死の作業が2000tもの海水を貯蔵タンクに投入することができました。原稿棒読みの官僚とは違い、実際に危険な環境の中で作業した一線の緊張感と責任感を見ることができてとてもよかったです。一旦機械をセットしてしまえばあとは自動でも放水する事ができます。

史上最大の作戦のオマハビーチの戦闘と同じような決死の作業です。硫黄島でも同じ事がありました。あのときも、戦闘が始まる前に高級参謀と将軍は逃げて帰ったのです。今回の責任も、マスコミとお抱えの学者で責任をはぐらかす方向に逃げを打つでしょう。喉元過ぎれば熱さを忘れる日本人の性格も時としては毅然としなければ次の世代に申し訳ありません。

そんなことを感じながら、花粉症はありますが、ぬくぬくとテレビの前で時間だけが過ぎていきました。明るい内にシャワーだけは浴びようと熱いお湯を被っていると、この良いようもない不安な気持ちはいつか経験したことがあると思い当たりました。

それは今から50年近く前のキューバ危機の時と同じ気持ちだったのです。あすは核戦争が起こるかも知れない、自分ではどうしようもないところで、戦争が起こり、核ミサイルが、戦略爆撃が水爆を運んでくる。今回の津波とそのあとの放射能問題は、核戦争の瀬戸際に立たされたあのときの感じとよく似ているのです。夜中、刻々と伝わってくるどんどん悪くなるニュース。一つが解決すると隠されてきた次の課題がより大きな問題としてクローズアップされるのです。3号機のときは4号機は意識的に無視されて、突如として保管庫の数百本の燃料棒の温度上昇が問題となる。そして容器内のプレッシャーの上昇などが次々と起こって行くのです。満を充たして次から次へと難題を投げかけてくる試験官みたいです。

幸い、キューバ危機はフルシチョフの譲歩で終わることができました。その結果としてケネディの暗殺があったのです。今回も、責任論のところまで声が上がると、担当者の自殺で片を付けようとするのでしょう。原子力発電所の問題は沖縄問題と同じです。成田空港の無責任さと問題は同じなのです。今回の問題が無事に片付いたら、どのような方法で誰が責任を取るのかをしっかりと見守り、時には反対を唱えなければ明日の日本は無いと思います。
by maxlabo | 2011-03-20 20:02 | 原発人災事故

平井憲夫さんの遺言 - 1/3

原発がどんなものか知ってほしい

平井憲夫


私は原発反対運動家ではありません

私は原発反対運動家ではありません。二十年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。

はじめて聞かれる話も多いと思います。どうか、最後まで読んで、それから、原発をどうしたらいいか、みなさんで考えられたらいいと思います。原発について、設計の話をする人はたくさんいますが、私のように施工、造る話をする人がいないのです。しかし、現場を知らないと、原発の本当のことは分かりません。

私はプラント、大きな化学製造工場などの配管が専門です。20代の終わりごろに、日本に原発を造るというのでスカウトされて、原発に行きました。一作業負だったら、何十年いても分かりませんが、現場監督として長く働きましたから、原発の中のことはほとんど知っています。

「安全」は机上の話

去年(1995年)の1月17日に阪神大震災が起きて、国民の中から「地震で原発が壊れたりしないか」という不安の声が高くなりました。原発は地震で本当に大丈夫か、と。しかし、決して大丈夫ではありません。国や電力会社は、耐震設計を考え、固い岩盤の上に建設されているので安全だと強調していますが、これは机上の話です。

この地震の次の日、私は神戸に行ってみて、余りにも原発との共通点の多さに、改めて考えさせられました。まさか、新幹線の線路が落下したり、高速道路が横倒しになるとは、それまで国民のだれ1人考えてもみなかったと思います。

世間一般に、原発や新幹線、高速道路などは官庁検査によって、きびしい検査が行われていると思われています。しかし、新幹線の橋脚部のコンクリートの中には型枠の木片が入っていたし、高速道路の支柱の鉄骨の溶接は溶け込み不良でした。一見、溶接がされているように見えていても、溶接そのものがなされていなくて、溶接部が全部はずれてしまっていました。

なぜ、このような事が起きてしまったのでしょうか。その根本は、余りにも机上の設計ばかりに重点を置いていて、現場の施工、管理を怠ったためです。それが直接の原因ではなくても、このような事故が起きてしまうのです。

素人が造る原発

原発でも、原子炉の中に針金が入っていたり、配管の中に道具や工具を入れたまま配管をつないでしまったり、いわゆる人が間違える事故、ヒューマンエラーがあまりにも多すぎます。それは現場にブロの職人が少なく、いくら設計が立派でも、設計通りには造られていないからです。机上の設計の議論は、最高の技量を持った職人が施工することが絶対条件です。しかし、原発を造る人がどんな技量を持った人であるのか、現場がどうなっているのかという議論は1度もされたことがありません。

原発にしろ、建設現場にしろ、作業者から検査官まで総素人によって造られているのが現実ですから、原発や新幹線、高速道路がいつ大事故を起こしても、不思議ではないのです。

日本の原発の設計も優秀で、二重、三重に多重防護されていて、どこかで故障が起きるとちゃんと止まるようになっています。しかし、これは設計の段階までです。施工、造る段階でおかしくなってしまっているのです。

仮に、自分の家を建てる時に、立派な一級建築士に設計をしてもらっても、大工や左官屋の腕が悪かったら、雨漏りはする、建具は合わなくなったりしますが、残念ながら、これが日本の原発なのです。

ひとむかし前までは、現場作業には、棒心(ぼうしん)と呼ばれる職人、現場の若い監督以上の経験を積んだ職人が班長として必ずいました。職人は自分の仕事にプライドを持っていて、事故や手抜きは恥だと考えていましたし、事故の恐ろしさもよく知っていました。それが十年くらい前から、現場に職人がいなくなりました。全くの素人を経験不問という形で募集しています。素人の人は事故の怖さを知らない、なにが不正工事やら手抜きかも、全く知らないで作業しています。それが今の原発の実情です。

例えば、東京電力の福島原発では、針金を原子炉の中に落としたまま運転していて、1歩間違えば、世界中を巻き込むような大事故になっていたところでした。本人は針金を落としたことは知っていたのに、それがどれだけの大事故につながるかの認識は全然なかったのです。そういう意味では老朽化した原発も危ないのですが、新しい原発も素人が造るという意味で危ないのは同じです。

現場に職人が少なくなってから、素人でも造れるように、工事がマニュアル化されるようになりました。マニュアル化というのは図面を見て作るのではなく、工場である程度組み立てた物を持ってきて、現場で1番と1番、2番と2番というように、ただ積木を積み重ねるようにして合わせていくんです。そうすると、今、自分が何をしているのか、どれほど重要なことをしているのか、全く分からないままに造っていくことになるのです。こういうことも、事故や故障がひんぱんに起こるようになった原因のひとつです。

また、原発には放射能の被曝の問題があって後継者を育てることが出来ない職場なのです。原発の作業現場は暗くて暑いし、防護マスクも付けていて、互いに話をすることも出来ないような所ですから、身振り手振りなんです。これではちゃんとした技術を教えることができません。それに、いわゆる腕のいい人ほど、年問の許容線量を先に使ってしまって、中に入れなくなります。だから、よけいに素人でもいいということになってしまうんです。

また、例えば、溶接の職人ですと、目がやられます。30歳すぎたらもうだめで、細かい仕事が出来なくなります。そうすると、細かい仕事が多い石油プラントなどでは使いものになりませんから、だったら、まあ、日当が安くても、原発の方にでも行こうかなあということになります。

皆さんは何か勘違いしていて、原発というのはとても技術的に高度なものだと思い込んでいるかも知れないけれど、そんな高級なものではないのです。

ですから、素人が造る原発ということで、原発はこれから先、本当にどうしようもなくなってきます。

名ばかりの検査・検査官

原発を造る職人がいなくなっても、検査をきっちりやればいいという人がいます。しかし、その検査体制が問題なのです。出来上がったものを見るのが日本の検査ですから、それではダメなのです。検査は施工の過程を見ることが重要なのです。

検査官が溶接なら溶接を、「そうではない。よく見ていなさい。このようにするんだ」と自分でやって見せる技量がないと本当の検査にはなりません。そういう技量の無い検査官にまともな検査が出来るわけがないのです。メーカーや施主の説明を聞き、書類さえ整っていれば合格とする、これが今の官庁検査の実態です。

原発の事故があまりにもひんぱんに起き出したころに、運転管理専門官を各原発に置くことが閣議で決まりました。原発の新設や定検(定期検査)のあとの運転の許可を出す役人です。私もその役人が素人だとは知っていましたが、ここまでひどいとは知らなかったです。

というのは、水戸で講演をしていた時、会場から「実は恥ずかしいんですが、まるっきり素人です」と、科技庁(科学技術庁)の者だとはっきり名乗って発言した人がいました。その人は「自分たちの職場の職員は、被曝するから絶対に現場に出さなかった。折から行政改革で農水省の役人が余っているというので、昨日まで養蚕の指導をしていた人やハマチ養殖の指導をしていた人を、次の日には専門検査官として赴任させた。そういう何にも知らない人が原発の専門検査官として運転許可を出した。美浜原発にいた専門官は三か月前までは、お米の検査をしていた人だった」と、その人たちの実名を挙げて話してくれました。このようにまったくの素人が出す原発の運転許可を信用できますか。

東京電力の福島原発で、緊急炉心冷却装置(ECCS)が作動した大事故が起きたとき、読売新聞が「現地専門官カヤの外」と報道していましたが、その人は、自分の担当している原発で大事故が起きたことを、次の日の新聞で知ったのです。なぜ、専門官が何も知らなかったのか。それは、電力会社の人は専門官がまったくの素人であることを知っていますから、火事場のような騒ぎの中で、子どもに教えるように、いちいち説明する時間がなかったので、その人を現場にも入れないで放って置いたのです。だから何も知らなかったのです。

そんないい加減な人の下に原子力検査協会の人がいます。この人がどんな人かというと、この協会は通産省を定年退職した人の天下り先ですから、全然畑違いの人です。この人が原発の工事のあらゆる検査の権限を持っていて、この人の0Kが出ないと仕事が進まないのですが、検査のことはなにも知りません。ですから、検査と言ってもただ見に行くだけです。けれども大変な権限を持っています。この協会の下に電力会社があり、その下に原子炉メーカーの日立・東芝・三菱の三社があります。私は日立にいましたが、このメーカーの下に工事会社があるんです。つまり、メーカーから上も素人、その下の工事会社もほとんど素人ということになります。だから、原発の事故のことも電力会社ではなく、メー力-でないと、詳しいことは分からないのです。

私は現役のころも、辞めてからも、ずっと言っていますが、天下りや特殊法人ではなく、本当の第三者的な機関、通産省は原発を推進しているところですから、そういう所と全く関係のない機関を作って、その機関が検査をする。そして、検査官は配管のことなど経験を積んだ人、現場のたたき上げの職人が検査と指導を行えば、溶接の不具合や手抜き工事も見抜けるからと、一生懸命に言ってきましたが、いまだに何も変わっていません。このように、日本の原発行政は、余りにも無責任でお粗末なものなんです。

いいかげんな原発の耐震設計

阪神大震災後に、慌ただしく日本中の原発の耐震設計を見直して、その結果を九月に発表しましたが、「どの原発も、どんな地震が起きても大丈夫」というあきれたものでした。私が関わった限り、初めのころの原発では、地震のことなど真面目に考えていなかったのです。それを新しいのも古いのも一緒くたにして、大丈夫だなんて、とんでもないことです。1993年に、女川原発の一号機が震度4くらいの地震で出力が急上昇して、自動停止したことがありましたが、この事故は大変な事故でした。なぜ大変だったかというと、この原発では、1984年に震度5で止まるような工事をしているのですが、それが震度5ではないのに止まったんです。わかりやすく言うと、高速道路を運転中、ブレーキを踏まないのに、突然、急ブレーキがかかって止まったと同じことなんです。これは、東北電力が言うように、止まったからよかった、というような簡単なことではありません。5で止まるように設計されているものが4で止まったということは、5では止まらない可能性もあるということなんです。つまり、いろんなことが設計通りにいかないということの現れなんです。

こういう地震で異常な止まり方をした原発は、1987年に福島原発でも起きていますが、同じ型の原発が全国で10もあります。これは地震と原発のことを考えるとき、非常に恐ろしいことではないでしょうか。

定期点検工事も素人が

原発は1年くらい運転すると、必ず止めて検査をすることになっていて、定期検査、定検といっています。原子炉には70気圧とか、150気圧とかいうものすごい圧力がかけられていて、配管の中には水が、水といっても300℃もある熱湯ですが、水や水蒸気がすごい勢いで通っていますから、配管の厚さが半分くらいに薄くなってしまう所もあるのです。そういう配管とかバルブとかを、定検でどうしても取り替えなくてはならないのですが、この作業に必ず被曝が伴うわけです。

原発は一回動かすと、中は放射能、放射線でいっぱいになりますから、その中で人間が放射線を浴びながら働いているのです。そういう現場へ行くのには、自分の服を全部脱いで、防護服に着替えて入ります。防護服というと、放射能から体を守る服のように聞こえますが、そうではないんですよ。放射線の量を計るアラームメーターは防護服の中のチョッキに付けているんですから。つまり、防護服は放射能を外に持ち出さないための単なる作業着です。作業している人を放射能から守るものではないのです。だから、作業が終わって外に出る時には、パンツー枚になって、被曝していないかどうか検査をするんです。体の表面に放射能がついている、いわゆる外部被曝ですと、シャワーで洗うと大体流せますから、放射能がゼロになるまで徹底的に洗ってから、やっと出られます。

また、安全靴といって、備付けの靴に履き替えますが、この靴もサイズが自分の足にきちっと合うものはありませんから、大事な働く足元がちゃんと定まりません。それに放射能を吸わないように全面マスクを付けたりします。そういうかっこうで現場に入り、放射能の心配をしながら働くわけですから、実際、原発の中ではいい仕事は絶対に出来ません。普通の職場とはまったく違うのです。

そういう仕事をする人が95%以上まるっきりの素人です。お百姓や漁師の人が自分の仕事が暇な冬場などにやります。言葉は悪いのですが、いわゆる出稼ぎの人です。そういう経験のない人が、怖さを全く知らないで作業をするわけです。

例えば、ボルトをネジで締める作業をするとき、「対角線に締めなさい、締めないと漏れるよ」と教えますが、作業する現場は放射線管理区域ですから、放射能がいっぱいあって最悪な所です。作業現場に入る時はアラームメーターをつけて入りますが、現場は場所によって放射線の量が違いますから、作業の出来る時間が違います。分刻みです。

現場に入る前にその日の作業と時間、時間というのは、その日に浴びてよい放射能の量で時間が決まるわけですが、その現場が20分間作業ができる所だとすると、20分経つとアラ-ムメーターが鳴るようにしてある。だから、「アラームメーターが鳴ったら現場から出なさいよ」と指示します。でも現場には時計がありません。時計を持って入ると、時計が放射能で汚染されますから腹時計です。そうやって、現場に行きます。

そこでは、ボルトをネジで締めながら、もう10分は過ぎたかな、15分は過ぎたかなと、頭はそっちの方にばかり行きます。アラームメーターが鳴るのが怖いですから。アラームメーターというのはビーッととんでもない音がしますので、初めての人はその音が鳴ると、顔から血の気が引くくらい怖いものです。これは経験した者でないと分かりません。ビーッと鳴ると、レントゲンなら何十枚もいっぺんに写したくらいの放射線の量に当たります。ですからネジを対角線に締めなさいと言っても、言われた通りには出来なくて、ただ締めればいいと、どうしてもいい加滅になってしまうのです。すると、どうなりますか。

放射能垂れ流しの海

冬に定検工事をすることが多いのですが、定検が終わると、海に放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまうのです。はっきり言って、今、日本列島で取れる魚で、安心して食べられる魚はほとんどありません。日本の海が放射能で汚染されてしまっているのです。

海に放射能で汚れた水をたれ流すのは、定検の時だけではありません。原発はすごい熱を出すので、日本では海水で冷やして、その水を海に捨てていますが、これが放射能を含んだ温排水で、一分間に何十トンにもなります。

原発の事故があっても、県などがあわてて安全宣言を出しますし、電力会社はそれ以上に隠そうとします。それに、国民もほとんど無関心ですから、日本の海は汚れっぱなしです。

防護服には放射性物質がいっぱいついていますから、それを最初は水洗いして、全部海に流しています。排水口で放射線の量を計ると、すごい量です。こういう所で魚の養殖をしています。安全な食べ物を求めている人たちは、こういうことも知って、原発にもっと関心をもって欲しいものです。このままでは、放射能に汚染されていないものを選べなくなると思いますよ。

数年前の石川県の志賀原発の差止め裁判の報告会で、八十歳近い行商をしているおばあさんが、こんな話をしました。「私はいままで原発のことを知らなかった。今日、昆布とわかめをお得意さんに持っていったら、そこの若奥さんに「悪いけどもう買えないよ、今日で終わりね、志賀原発が運転に入ったから」って言われた。原発のことは何も分からないけど、初めて実感として原発のことが分かった。どうしたらいいのか」って途方にくれていました。みなさんの知らないところで、日本の海が放射能で汚染され続けています。

内部被爆が一番怖い

原発の建屋の中は、全部の物が放射性物質に変わってきます。物がすべて放射性物質になって、放射線を出すようになるのです。どんなに厚い鉄でも放射線が突き抜けるからです。体の外から浴びる外部被曝も怖いですが、一番怖いのは内部被曝です。

ホコリ、どこにでもあるチリとかホコリ。原発の中ではこのホコリが放射能をあびて放射性物質となって飛んでいます。この放射能をおびたホコリが口や鼻から入ると、それが内部被曝になります。原発の作業では片付けや掃除で一番内部被曝をしますが、この体の中から放射線を浴びる内部被曝の方が外部被曝よりもずっと危険なのです。体の中から直接放射線を浴びるわけですから。

体の中に入った放射能は、通常は、三日くらいで汗や小便と一緒に出てしまいますが、三日なら三日、放射能を体の中に置いたままになります。また、体から出るといっても、人間が勝手に決めた基準ですから、決してゼロにはなりません。これが非常に怖いのです。どんなに微量でも、体の中に蓄積されていきますから。

原発を見学した人なら分かると思いますが、一般の人が見学できるところは、とてもきれいにしてあって、職員も「きれいでしょう」と自慢そうに言っていますが、それは当たり前なのです。きれいにしておかないと放射能のホコリが飛んで危険ですから。

私はその内部被曝を百回以上もして、癌になってしまいました。癌の宣告を受けたとき、本当に死ぬのが怖くて怖くてどうしようかと考えました。でも、私の母が何時も言っていたのですが、「死ぬより大きいことはないよ」と。じゃ死ぬ前になにかやろうと。原発のことで、私が知っていることをすべて明るみに出そうと思ったのです。


優しい地球 残そう子どもたちに

筆者「平井憲夫さん」について:

1997年1月逝去。
1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。


この原文はIAMさんのサイトから引用いたしました。

下に続きます(下が見えない場合は、再読み込みしてみてください。

by maxlabo | 2011-03-17 11:10 | 原発人災事故

平井憲夫さんの遺言 - 2/3

普通の職場環境とは全く違う

放射能というのは蓄積します。いくら徴量でも十年なら十年分が蓄積します。これが怖いのです。日本の放射線管理というのは、年間50ミリシーベルトを守ればいい、それを越えなければいいという姿勢です。

例えば、定検工事ですと三ケ月くらいかかりますから、それで割ると一日分が出ます。でも、放射線量が高いところですと、一日に五分から七分間しか作業が出来ないところもあります。しかし、それでは全く仕事になりませんから、三日分とか、一週間分をいっぺんに浴びせながら作業をさせるのです。これは絶対にやってはいけない方法ですが、そうやって10分間なり20分間なりの作業ができるのです。そんなことをすると白血病とかガンになると知ってくれていると、まだいいのですが……。電力会社はこういうことを一切教えません。

稼動中の原発で、機械に付いている大きなネジが一本緩んだことがありました。動いている原発は放射能の量が物凄いですから、その一本のネジを締めるのに働く人30人を用意しました。一列に並んで、ヨーイドンで7メートルくらい先にあるネジまで走って行きます。行って、一、二、三と数えるくらいで、もうアラームメーターがビーッと鳴る。中には走って行って、ネジを締めるスパナはどこにあるんだ?といったら、もう終わりの人もいる。ネジをたった一山、二山、三山締めるだけで160分、金額で400万円くらいかかりました。

なぜ、原発を止めて修理しないのかと疑問に思われるかもしれませんが、原発を一日止めると、何億円もの損になりますから、電力会社は出来るだけ止めないのです。放射能というのは非常に危険なものですが、企業というものは、人の命よりもお金なのです。

「絶対安全」だと五時間の洗脳教育

原発など、放射能のある職場で働く人を放射線従事者といいます。日本の放射線従事者は今までに約27万人ですが、そのほとんどが原発作業者です。今も9万人くらいの人が原発で働いています。その人たちが年一回行われる原発の定検工事などを、毎日、毎日、被曝しながら支えているのです。

原発で初めて働く作業者に対し、放射線管理教育を約五時間かけて行います。この教育の最大の目的は、不安の解消のためです。原発が危険だとは一切教えません。国の被曝線量で管理しているので、絶対大丈夫なので安心して働きなさい、世間で原発反対の人たちが、放射能でガンや白血病に冒されると言っているが、あれは“マッカナ、オオウソ”である、国が決めたことを守っていれば絶対に大丈夫だと、五時間かけて洗脳します。  

こういう「原発安全」の洗脳を、電力会社は地域の人にも行っています。有名人を呼んで講演会を開いたり、文化サークルで料理教室をしたり、カラー印刷の立派なチラシを新聞折り込みしたりして。だから、事故があって、ちょっと不安に思ったとしても、そういう安全宣伝にすぐに洗脳されてしまって、「原発がなくなったら、電気がなくなって困る」と思い込むようになるのです。

私自身が20年近く、現場の責任者として、働く人にオウムの麻原以上のマインド・コントロール、「洗脳教育」をやって来ました。何人殺したかわかりません。みなさんから現場で働く人は不安に思っていないのかとよく聞かれますが、放射能の危険や被曝のことは一切知らされていませんから、不安だとは大半の人は思っていません。体の具合が悪くなっても、それが原発のせいだとは全然考えもしないのです。作業者全員が毎日被曝をする。それをいかに本人や外部に知られないように処理するかが責任者の仕事です。本人や外部に被曝の問題が漏れるようでは、現場責任者は失格なのです。これが原発の現場です。

私はこのような仕事を長くやっていて、毎日がいたたまれない日も多く、夜は酒の力をかり、酒量が日毎に増していきました。そうした自分自身に、問いかけることも多くなっていました。一体なんのために、誰のために、このようなウソの毎日を過ごさねばならないのかと。気がついたら、20年の原発労働で、私の体も被曝でぼろぼろになっていました。

だれが助けるのか

また、東京電力の福島原発で現場作業員がグラインダーで額(ひたい)を切って、大怪我をしたことがありました。血が吹き出ていて、一刻を争う大怪我でしたから、直ぐに救急車を呼んで運び出しました。ところが、その怪我人は放射能まみれだったのです。でも、電力会社もあわてていたので、防護服を脱がせたり、体を洗ったりする除洗をしなかった。救急隊員にも放射能汚染の知識が全くなかったので、その怪我人は放射能の除洗をしないままに、病院に運ばれてしまったんです。だから、その怪我人を触った救急隊員が汚染される、救急車も汚染される、医者も看護婦さんも、その看護婦さんが触った他の患者さんも汚染される、その患者さんが外へ出て、また汚染が広がるというふうに、町中がパニックになるほどの大変な事態になってしまいました。みんなが大怪我をして出血のひどい人を何とか助けたいと思って必死だっただけで、放射能は全く見えませんから、その人が放射能で汚染されていることなんか、だれも気が付かなかったんですよ。

一人でもこんなに大変なんです。それが仮に大事故が起きて大勢の住民が放射能で汚染された時、一体どうなるのでしょうか。想像できますか。人ごとではないのです。この国の人、みんなの問題です。

びっくりした美浜原発細管破断事故!

皆さんが知らないのか、無関心なのか、日本の原発はびっくりするような大事故を度々起こしています。スリーマイル島とかチェルノブイリに匹敵する大事故です。1989年に、東京電力の福島第二原発で再循環ポンプがバラバラになった大事故も、世界で初めての事故でした。

そして、1991年2月に、関西電力の美浜原発で細管が破断した事故は、放射能を直接に大気中や海へ大量に放出した大事故でした。

チェルノブイリの事故の時には、私はあまり驚かなかったんですよ。原発を造っていて、そういう事故が必ず起こると分かっていましたから。だから、ああ、たまたまチェルノブイリで起きたと、たまたま日本ではなかったと思ったんです。しかし、美浜の事故の時はもうびっくりして、足がガクガクふるえて椅子から立ち上がれない程でした。

この事故はECCS(緊急炉心冷却装置)を手動で動かして原発を止めたという意味で、重大な事故だったんです。ECCSというのは、原発の安全を守るための最後の砦に当たります。これが効かなかったらお終りです。だから、ECCSを動かした美浜の事故というのは、一億数千万人の人を乗せたバスが高速道路を100キロのスピードで走っているのに、ブレーキもきかない、サイドブレーキもきかない、崖にぶつけてやっと止めたというような大事故だったんです。

原子炉の中の放射能を含んだ水が海へ流れ出て、炉が空焚きになる寸前だったのです。日本が誇る多重防護の安全弁が次々と効かなくて、あと〇・七秒でチェルノブイリになるところだった。それも、土曜日だったのですが、たまたまベテランの職員が来ていて、自動停止するはずが停止しなくて、その人がとっさの判断で手動で止めて、世界を巻き込むような大事故に至らなかったのです。日本中の人が、いや世界中の人が本当に運がよかったのですよ。

この事故は、二ミリくらいの細い配管についている触れ止め金具、何千本もある細管が振動で触れ合わないようにしてある金具が設計通りに入っていなかったのが原因でした。施工ミスです。そのことが二十年近い何回もの定検でも見つからなかったんですから、定検のいい加減さがばれた事故でもあった。入らなければ切って捨てる、合わなければ引っ張るという、設計者がまさかと思うようなことが、現場では当たり前に行われているということが分かった事故でもあったんです。

もんじゅの大事故

去年(1995年)の12月8日に、福井県の敦賀にある動燃(動力炉・核燃料開発事業団)のもんじゅでナトリウム漏れの大事故を起こしました。もんじゅの事故はこれが初めてではなく、それまでにも度々事故を起こしていて、私は建設中に六回も呼ばれて行きました。というのは、所長とか監督とか職人とか、元の部下だった人たちがもんじゅの担当もしているので、何か困ったことがあると私を呼ぶんですね。もう会社を辞めていましたが、原発だけは事故が起きたら取り返しがつきませんから、放っては置けないので行くのです。

ある時、電話がかかって、「配管がどうしても合わないから来てくれ」という。行って見ますと、特別に作った配管も既製品の配管もすべて図面どおり、寸法通りになっている。でも、合わない。どうして合わないのか、いろいろ考えましたが、なかなか分からなかった。一晩考えてようやく分かりました。もんじゅは、日立、東芝、三菱、富士電機などの寄せ集めのメーカーで造ったもので、それぞれの会社の設計基準が違っていたのです。

図面を引くときに、私が居た日立は0.5mm切り捨て、東芝と三菱は0.5mm切上げ、日本原研は0.5mm切下げなんです。たった0.5mmですが、百カ所も集まると大変な違いになるのです。だから、数字も線も合っているのに合わなかったのですね。

これではダメだということで、みんな作り直させました。何しろ国の威信がかかっていますから、お金は掛けるんです。

どうしてそういうことになるかというと、それぞれのノウ・ハウ、企業秘密ということがあって、全体で話し合いをして、この〇・五mmについて、切り上げるか、切り下げるか、どちらかに統一しようというような話し合いをしていなかったのです。今回のもんじゅの事故の原因となった温度センサーにしても、メーカー同士での話し合いもされていなかったんではないでしょうか。

どんなプラントの配管にも、あのような温度計がついていますが、私はあんなに長いのは見たことがありません。おそらく施工した時に危ないと分かっていた人がいたはずなんですね。でも、よその会社のことだからほっとけばいい、自分の会社の責任ではないと。

動燃自体が電力会社からの出向で出来た寄せ集めですが、メーカーも寄せ集めなんです。これでは事故は起こるべくして起こる、事故が起きないほうが不思議なんで、起こって当たり前なんです。

しかし、こんな重大事故でも、国は「事故」と言いません。美浜原発の大事故の時と同じように「事象があった」と言っていました。私は事故の後、直ぐに福井県の議会から呼ばれて行きました。あそこには十五基も原発がありますが、誘致したのは自民党の議員さんなんですね。だから、私はそういう人に何時も、「事故が起きたらあなた方のせいだよ、反対していた人には責任はないよ」と言ってきました。この度、その議員さんたちに呼ばれたのです。「今回は腹を据えて動燃とケンカする、どうしたらよいか教えてほしい」と相談を受けたのです。

それで、私がまず最初に言ったことは、「これは事故なんです、事故。事象というような言葉に誤魔化されちゃあだめだよ」と言いました。県議会で動燃が「今回の事象は……」と説明を始めたら、「事故だろ! 事故!」と議員が叫んでいたのが、テレビで写っていましたが、あれも、黙っていたら、軽い「事象」ということにされていたんです。地元の人たちだけではなく、私たちも、向こうの言う「事象」というような軽い言葉に誤魔化されてはいけないんです。

普通の人にとって、「事故」というのと「事象」というのとでは、とらえ方がまったく違います。この国が事故を事象などと言い換えるような姑息なことをしているので、日本人には原発の事故の危機感がほとんどないのです。

日本のプルトニウムがフランスの核兵器に?

もんじゅに使われているプルトニウムは、日本がフランスに再処理を依頼して抽出したものです。再処理というのは、原発で燃やしてしまったウラン燃料の中に出来たプルトニウムを取り出すことですが、プルトニウムはそういうふうに人工的にしか作れないものです。

そのプルトニウムがもんじゅには約1.4トンも使われています。長崎の原爆は約八キロだったそうですが、一体、もんじゅのプルトニウムでどのくらいの原爆ができますか。それに、どんなに微量でも肺ガンを起こす猛毒物質です。半減期が二万四千年もあるので、永久に放射能を出し続けます。だから、その名前がプルートー、地獄の王という名前からつけられたように、プルトニウムはこの世で一番危険なものといわれるわけですよ。

しかし、日本のプルトニウムが去年(1995年)南太平洋でフランスが行った核実験に使われた可能性が大きいことを知っている人は、余りいません。フランスの再処理工場では、プルトニウムを作るのに核兵器用も原発用も区別がないのです。だから、日本のプルトニウムが、この時の核実験に使われてしまったことはほとんど間違いありません。

日本がこの核実験に反対をきっちり言えなかったのには、そういう理由があるからです。もし、日本政府が本気でフランスの核実験を止めさせたかったら、簡単だったのです。つまり、再処理の契約を止めればよかったんです。でも、それをしなかった。

日本とフランスの貿易額で二番目に多いのは、この再処理のお金なんですよ。国民はそんなことも知らないで、いくら「核実験に反対、反対」といっても仕方がないんじゃないでしょうか。それに、唯一の被爆国といいながら、日本のプルトニウムがタヒチの人々を被爆させ、きれいな海を放射能で汚してしまったに違いありません。

世界中が諦めたのに、日本だけはまだこんなもので電気を作ろうとしているんです。普通の原発で、ウランとプルトニウムを混ぜた燃料(MOX燃料)を燃やす、いわゆるプルサーマルをやろうとしています。しかし、これは非常に危険です。分かりやすくいうと、石油ストーブでガソリンを燃やすようなことなんです。原発の元々の設計がプルトニウムを燃すようになっていません。プルトニウムは核分裂の力がウランとはケタ違いに大きいんです。だから原爆の材料にしているわけですから。

いくら資源がない国だからといっても、あまりに酷すぎるんじゃないでしょうか。早く原発を止めて、プルトニウムを使うなんてことも止めなければ、あちこちで被曝者が増えていくばかりです。

続きます

優しい地球 残そう子どもたちに

筆者「平井憲夫さん」について:

1997年1月逝去。
1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。


この原文はIAMさんのサイトから引用いたしました。

by maxlabo | 2011-03-17 11:05 | 原発人災事故

平井憲夫さんの遺言 - 3/3

日本には途中でやめる勇気がない

世界では原発の時代は終わりです。原発の先進国のアメリカでは、二月(1996年)に2015年までに原発を半分にすると発表しました。それに、プルトニウムの研究も大統領命令で止めています。あんなに怖い物、研究さえ止めました。

もんじゅのようにプルトニウムを使う原発、高速増殖炉も、アメリカはもちろんイギリスもドイツも止めました。ドイツは出来上がったのを止めて、リゾートパークにしてしまいました。世界の国がプルトニウムで発電するのは不可能だと分かって止めたんです。日本政府も今度のもんじゅの事故で「失敗した」と思っているでしょう。でも、まだ止めない。これからもやると言っています。

どうして日本が止めないかというと、日本にはいったん決めたことを途中で止める勇気がないからで、この国が途中で止める勇気がないというのは非常に怖いです。みなさんもそんな例は山ほどご存じでしょう。

とにかく日本の原子力政策はいい加減なのです。日本は原発を始める時から、後のことは何にも考えていなかった。その内に何とかなるだろうと。そんないい加減なことでやってきたんです。そうやって何十年もたった。でも、廃棄物一つのことさえ、どうにもできないんです。

もう一つ、大変なことは、いままでは大学に原子力工学科があって、それなりに学生がいましたが、今は若い人たちが原子力から離れてしまい、東大をはじめほとんどの大学からなくなってしまいました。机の上で研究する大学生さえいなくなったのです。

また、日立と東芝にある原子力部門の人も三分の一に減って、コ・ジェネレーション(電気とお湯を同時に作る効率のよい発電設備)のガス・タービンの方へ行きました。メーカーでさえ、原子力はもう終わりだと思っているのです。

原子力局長をやっていた島村武久さんという人が退官して、『原子力談義』という本で、「日本政府がやっているのは、ただのつじつま合わせに過ぎない、電気が足りないのでも何でもない。あまりに無計画にウランとかプルトニウムを持ちすぎてしまったことが原因です。はっきりノーといわないから持たされてしまったのです。そして日本はそれらで核兵器を作るんじゃないかと世界の国々から見られる、その疑惑を否定するために核の平和利用、つまり、原発をもっともっと造ろうということになるのです」と書いていますが、これもこの国の姿なんです。

廃炉も解体も出来ない原発

1966年に、日本で初めてイギリスから輸入した16万キロワットの営業用原子炉が茨城県の東海村で稼動しました。その後はアメリカから輸入した原発で、途中で自前で造るようになりましたが、今では、この狭い日本に135万キロワットというような巨大な原発を含めて51の原発が運転されています。

具体的な廃炉・解体や廃棄物のことなど考えないままに動かし始めた原発ですが、厚い鉄でできた原子炉も大量の放射能をあびるとボロボロになるんです。だから、最初、耐用年数は十年だと言っていて、十年で廃炉、解体する予定でいました。しかし、1981年に十年たった東京電力の福島原発の一号機で、当初考えていたような廃炉・解体が全然出来ないことが分かりました。このことは国会でも原子炉は核反応に耐えられないと、問題になりました。

この時、私も加わってこの原子炉の廃炉、解体についてどうするか、毎日のように、ああでもない、こうでもないと検討をしたのですが、放射能だらけの原発を無理やりに廃炉、解体しようとしても、造るときの何倍ものお金がかかることや、どうしても大量の被曝が避けられないことなど、どうしようもないことが分かったのです。原子炉のすぐ下の方では、決められた線量を守ろうとすると、たった十数秒くらいしかいられないんですから。

机の上では、何でもできますが、実際には人の手でやらなければならないのですから、とんでもない被曝を伴うわけです。ですから、放射能がゼロにならないと、何にもできないのです。放射能がある限り廃炉、解体は不可能なのです。人間にできなければロボットでという人もいます。でも、研究はしていますが、ロボットが放射能で狂ってしまって使えないのです。

結局、福島の原発では、廃炉にすることができないというので、原発を売り込んだアメリカのメーカーが自分の国から作業者を送り込み、日本では到底考えられない程の大量の被曝をさせて、原子炉の修理をしたのです。今でもその原発は動いています。

最初に耐用年数が十年といわれていた原発が、もう30年近く動いています。そんな原発が十一もある。くたびれてヨタヨタになっても動かし続けていて、私は心配でたまりません。

また、神奈川県の川崎にある武蔵工大の原子炉はたった100キロワットの研究炉ですが、これも放射能漏れを起こして止まっています。机上の計算では、修理に20億円、廃炉にするには60億円もかかるそうですが、大学の年間予算に相当するお金をかけても廃炉にはできないのです。まず停止して放射能がなくなるまで管理するしかないのです。

それが100万キロワットというような大きな原発ですと、本当にどうしようもありません。

「閉鎖」して、監視・管理

なぜ、原発は廃炉や解体ができないのでしょうか。それは、原発は水と蒸気で運転されているものなので、運転を止めてそのままに放置しておくと、すぐサビが来てボロボロになって、穴が開いて放射能が漏れてくるからです。原発は核燃料を入れて一回でも運転すると、放射能だらけになって、止めたままにしておくことも、廃炉、解体することもできないものになってしまうのです。

先進各国で、閉鎖した原発は数多くあります。廃炉、解体ができないので、みんな「閉鎖」なんです。閉鎖とは発電を止めて、核燃料を取り出しておくことですが、ここからが大変です。

放射能まみれになってしまった原発は、発電している時と同じように、水を入れて動かし続けなければなりません。水の圧力で配管が薄くなったり、部品の具合が悪くなったりしますから、定検もしてそういう所の補修をし、放射能が外に漏れださないようにしなければなりません。放射能が無くなるまで、発電しているときと同じように監視し、管理をし続けなければならないのです。 

今、運転中が51、建設中が3、全部で54の原発が日本列島を取り巻いています。これ以上運転を続けると、余りにも危険な原発もいくつかあります。この他に大学や会社の研究用の原子炉もありますから、日本には今、小さいのは100キロワット、大きいのは135万キロワット、大小合わせて76もの原子炉があることになります。

 しかし、日本の電力会社が、電気を作らない、金儲けにならない閉鎖した原発を本気で監視し続けるか大変疑問です。それなのに、さらに、新規立地や増設を行おうとしています。その中には、東海地震のことで心配な浜岡に五機目の増設をしようとしていたり、福島ではサッカー場と引換えにした増設もあります。新設では新潟の巻町や三重の芦浜、山口の上関、石川の珠洲、青森の大間や東通などいくつもあります。それで、2010年には70~80基にしようと。実際、言葉は悪いですが、この国は狂っているとしか思えません。

これから先、必ずやってくる原発の閉鎖、これは本当に大変深刻な問題です。近い将来、閉鎖された原発が日本国中いたるところに出現する。これは不安というより、不気味です。ゾーとするのは、私だけでしょうか。

どうしようもない放射性廃棄物

それから、原発を運転すると必ず出る核のゴミ、毎日、出ています。低レベル放射性廃棄物、名前は低レベルですが、中にはこのドラム缶の側に五時間もいたら、致死量の被曝をするようなものもあります。そんなものが全国の原発で約80万本以上溜まっています。

日本が原発を始めてから1969年までは、どこの原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて、近くの海に捨てていました。その頃はそれが当たり前だったのです。私が茨城県の東海原発にいた時、業者はドラム缶をトラックで運んでから、船に乗せて、千葉の沖に捨てに行っていました。

しかし、私が原発はちょっとおかしいぞと思ったのは、このことからでした。海に捨てたドラム缶は一年も経つと腐ってしまうのに、中の放射性のゴミはどうなるのだろうか、魚はどうなるのだろうかと思ったのがはじめでした。

現在は原発のゴミは、青森の六ケ所村へ持って行っています。全部で300万本のドラム缶をこれから三百年間管理すると言っていますが、一体、三百年ももつドラム缶があるのか、廃棄物業者が三百年間も続くのかどうか。どうなりますか。

もう一つの高レベル廃棄物、これは使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出した後に残った放射性廃棄物です。日本はイギリスとフランスの会社に再処理を頼んでいます。去年(1995年)フランスから、28本の高レベル廃棄物として返ってきました。これはどろどろの高レベル廃棄物をガラスと一緒に固めて、金属容器に入れたものです。この容器の側に二分間いると死んでしまうほどの放射線を出すそうですが、これを一時的に青森県の六ケ所村に置いて、30年から50年間くらい冷やし続け、その後、どこか他の場所に持って行って、地中深く埋める予定だといっていますが、予定地は全く決まっていません。余所の国でも計画だけはあっても、実際にこの高レベル廃棄物を処分した国はありません。みんな困っています。

原発自体についても、国は止めてから五年か十年間、密閉管理してから、粉々にくだいてドラム缶に入れて、原発の敷地内に埋めるなどとのんきなことを言っていますが、それでも一基で数万トンくらいの放射能まみれの廃材が出るんですよ。生活のゴミでさえ、捨てる所がないのに、一体どうしようというんでしょうか。とにかく日本中が核のゴミだらけになる事は目に見えています。早くなんとかしないといけないんじゃないでしょうか。それには一日も早く、原発を止めるしかなんですよ。

私が五年程前に、北海道で話をしていた時、「放射能のゴミを50年、300年監視続ける」と言ったら、中学生の女の子が、手を挙げて、「お聞きしていいですか。今、廃棄物を50年、300年監視するといいましたが、今の大人がするんですか? そうじゃないでしょう。次の私たちの世代、また、その次の世代がするんじゃないんですか。だけど、私たちはいやだ」と叫ぶように言いました。この子に返事の出来る大人はいますか。

それに、50年とか300年とかいうと、それだけ経てばいいんだというふうに聞こえますが、そうじゃありません。原発が動いている限り、終わりのない永遠の50年であり、300年だということです。

住民の被曝と恐ろしい差別

日本の原発は今までは放射能を一切出していませんと、何十年もウソをついてきた。でもそういうウソがつけなくなったのです。

原発にある高い排気塔からは、放射能が出ています。出ているんではなくて、出しているんですが、二四時間放射能を出していますから、その周辺に住んでいる人たちは、一日中、放射能をあびて被曝しているのです。

ある女性から手紙が来ました。23歳です。便箋に涙の跡がにじんでいました。「東京で就職して恋愛し、結婚が決まって、結納も交わしました。ところが突然相手から婚約を解消されてしまったのです。相手の人は、君には何にも悪い所はない、自分も一緒になりたいと思っている。でも、親たちから、あなたが福井県の敦賀で十数年間育っている。原発の周辺では白血病の子どもが生まれる確率が高いという。白血病の孫の顔はふびんで見たくない。だから結婚するのはやめてくれ、といわれたからと。私が何か悪いことしましたか」と書いてありました。この娘さんに何の罪がありますか。こういう話が方々で起きています。

この話は原発現地の話ではない、東京で起きた話なんですよ、東京で。皆さんは、原発で働いていた男性と自分の娘とか、この女性のように、原発の近くで育った娘さんと自分の息子とかの結婚を心から喜べますか。若い人も、そういう人と恋愛するかも知れないですから、まったく人ごとではないんです。 こういう差別の話は、言えば差別になる。でも言わなければ分からないことなんです。原発に反対している人も、原発は事故や故障が怖いだけではない、こういうことが起きるから原発はいやなんだと言って欲しいと思います。原発は事故だけではなしに、人の心まで壊しているのですから。

私、子ども生んでも大丈夫ですか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。

最後に、私自身が大変ショックを受けた話ですが、北海道の泊原発の隣の共和町で、教職員組合主催の講演をしていた時のお話をします。どこへ行っても、必ずこのお話はしています。あとの話は全部忘れてくださっても結構ですが、この話だけはぜひ覚えておいてください。

その講演会は夜の集まりでしたが、父母と教職員が半々くらいで、およそ三百人くらいの人が来ていました。その中には中学生や高校生もいました。原発は今の大人の問題ではない、私たち子どもの問題だからと聞きに来ていたのです。

話が一通り終わったので、私が質問はありませんかというと、中学二年の女の子が泣きながら手を挙げて、こういうことを言いました。 

「今夜この会場に集まっている大人たちは、大ウソつきのええかっこしばっかりだ。私はその顔を見に来たんだ。どんな顔をして来ているのかと。今の大人たち、特にここにいる大人たちは農薬問題、ゴルフ場問題、原発問題、何かと言えば子どもたちのためにと言って、運動するふりばかりしている。私は泊原発のすぐ近くの共和町に住んで、二四時間被曝している。原子力発電所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子どもが生まれる確率が高いというのは、本を読んで知っている。私も女の子です。年頃になったら結婚もするでしょう。私、子ども生んでも大丈夫なんですか?」と、泣きながら三百人の大人たちに聞いているのです。でも、誰も答えてあげられない。

「原発がそんなに大変なものなら、今頃でなくて、なぜ最初に造るときに一生懸命反対してくれなかったのか。まして、ここに来ている大人たちは、二号機も造らせたじゃないのか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ」と。ちょうど、泊原発の二号機が試運転に入った時だったんです。

「何で、今になってこういう集会しているのか分からない。私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止めている」と言う。

「二基目が出来て、今までの倍私は放射能を浴びている。でも私は北海道から逃げない」って、泣きながら訴えました。

私が「そういう悩みをお母さんや先生に話したことがあるの」と聞きましたら、「この会場には先生やお母さんも来ている、でも、話したことはない」と言います。「女の子同志ではいつもその話をしている。結婚もできない、子どもも産めない」って。

担任の先生たちも、今の生徒たちがそういう悩みを抱えていることを少しも知らなかったそうです。

これは決して、原子力防災の8キロとか10キロの問題ではない、50キロ、100キロ圏でそういうことがいっぱい起きているのです。そういう悩みを今の中学生、高校生が持っていることを絶えず知っていてほしいのです。

原発がある限り、安心できない

みなさんには、ここまでのことから、原発がどんなものか分かってもらえたと思います。

チェルノブイリで原発の大事故が起きて、原発は怖いなーと思った人も多かったと思います。でも、「原発が止まったら、電気が無くなって困る」と、特に都会の人は原発から遠いですから、少々怖くても仕方がないと、そう考えている人は多いんじゃないでしょうか。

でも、それは国や電力会社が「原発は核の平和利用です」「日本の原発は絶対に事故を起こしません。安全だから安心しなさい」「日本には資源がないから、原発は絶対に必要なんですよ」と、大金をかけて宣伝をしている結果なんです。もんじゅの事故のように、本当のことはずーっと隠しています。

原発は確かに電気を作っています。しかし、私が20年間働いて、この目で見たり、この体で経験したことは、原発は働く人を絶対に被曝させなければ動かないものだということです。それに、原発を造るときから、地域の人達は賛成だ、反対だと割れて、心をズタズタにされる。出来たら出来たで、被曝させられ、何の罪もないのに差別されて苦しんでいるんです。

みなさんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知っている。だったら、事故さえ起こさなければいいのか。平和利用なのかと。そうじゃないでしょう。私のような話、働く人が被曝して死んでいったり、地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なんかではないんです。それに、安全なことと安心だということは違うんです。原発がある限り安心できないのですから。

それから、今は電気を作っているように見えても、何万年も管理しなければならない核のゴミに、膨大な電気や石油がいるのです。それは、今作っている以上のエネルギーになることは間違いないんですよ。それに、その核のゴミや閉鎖した原発を管理するのは、私たちの子孫なのです。

そんな原発が、どうして平和利用だなんて言えますか。だから、私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありません。

だから、私はお願いしたい。朝、必ず自分のお子さんの顔やお孫さんの顔をしっかりと見てほしいと。果たしてこのまま日本だけが原子力発電所をどんどん造って大丈夫なのかどうか、事故だけでなく、地震で壊れる心配もあって、このままでは本当に取り返しのつかないことが起きてしまうと。これをどうしても知って欲しいのです。

ですから、私はこれ以上原発を増やしてはいけない、原発の増設は絶対に反対だという信念でやっています。そして稼働している原発も、着実に止めなければならないと思っていあす。

原発がある限り、世界に本当の平和はこないのですから。

優しい地球 残そう子どもたちに

筆者「平井憲夫さん」について:

1997年1月逝去。
1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。
「原発被曝労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました。

この原文はIAMさんのサイトから引用いたしました。

by maxlabo | 2011-03-17 11:00 | 原発人災事故


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