キューバ危機と同じような

地震と原発の問題は発生以来常にアタマの中にあります。どこか重苦しい、緊張した気持ちが常につきまとい、連休なのになかなかオーディオに集中できません。夕方までぐずぐずしながらニュースを見ている時間が続きました。きょうは東京消防庁の決死の作業が2000tもの海水を貯蔵タンクに投入することができました。原稿棒読みの官僚とは違い、実際に危険な環境の中で作業した一線の緊張感と責任感を見ることができてとてもよかったです。一旦機械をセットしてしまえばあとは自動でも放水する事ができます。

史上最大の作戦のオマハビーチの戦闘と同じような決死の作業です。硫黄島でも同じ事がありました。あのときも、戦闘が始まる前に高級参謀と将軍は逃げて帰ったのです。今回の責任も、マスコミとお抱えの学者で責任をはぐらかす方向に逃げを打つでしょう。喉元過ぎれば熱さを忘れる日本人の性格も時としては毅然としなければ次の世代に申し訳ありません。

そんなことを感じながら、花粉症はありますが、ぬくぬくとテレビの前で時間だけが過ぎていきました。明るい内にシャワーだけは浴びようと熱いお湯を被っていると、この良いようもない不安な気持ちはいつか経験したことがあると思い当たりました。

それは今から50年近く前のキューバ危機の時と同じ気持ちだったのです。あすは核戦争が起こるかも知れない、自分ではどうしようもないところで、戦争が起こり、核ミサイルが、戦略爆撃が水爆を運んでくる。今回の津波とそのあとの放射能問題は、核戦争の瀬戸際に立たされたあのときの感じとよく似ているのです。夜中、刻々と伝わってくるどんどん悪くなるニュース。一つが解決すると隠されてきた次の課題がより大きな問題としてクローズアップされるのです。3号機のときは4号機は意識的に無視されて、突如として保管庫の数百本の燃料棒の温度上昇が問題となる。そして容器内のプレッシャーの上昇などが次々と起こって行くのです。満を充たして次から次へと難題を投げかけてくる試験官みたいです。

幸い、キューバ危機はフルシチョフの譲歩で終わることができました。その結果としてケネディの暗殺があったのです。今回も、責任論のところまで声が上がると、担当者の自殺で片を付けようとするのでしょう。原子力発電所の問題は沖縄問題と同じです。成田空港の無責任さと問題は同じなのです。今回の問題が無事に片付いたら、どのような方法で誰が責任を取るのかをしっかりと見守り、時には反対を唱えなければ明日の日本は無いと思います。
by maxlabo | 2011-03-20 20:02 | 原発人災事故


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